各所のデータベースで公開されている古典籍、美術作品の中から、個人的に魅力的に感じるものをゆるく紹介するコーナー。
今回ご紹介するのは『児訓影絵喩(じくんかげえのたとえ)』

基本情報
『児訓影絵喩』(じくんかげえのたとえ)
山東京伝 編 鳥居清長 画
寛政10年(1798)刊 木版墨摺 三巻三冊
以下のデータベースで閲覧することができます。
↓国書データベース『児訓影絵喩』(このうち、都立中央図書館のものは三冊揃っています)
https://kokusho.nijl.ac.jp/work/215010?ln=ja
↓国立国会図書館デジタルコレクション『児訓影絵喩』(三冊のうち一部を集めて一冊にしたもの)
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/8929559/1/1
↓早稲田大学 古典籍総合データベース『児訓影絵喩』(二冊あります)
https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/he13/he13_02946_0053/index.html
https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/he13/he13_01961_0069/index.html
※2023年10月2日現在
※早稲田大学古典籍総合データベースの画像は、ブログほかメディアに掲載する場合は申請が必要です。ご注意ください。
本書は江戸時代後期の戯作者、絵師の山東京伝(さんとう きょうでん)が文章を手がけ、同じく江戸時代後期の浮世絵師、鳥居清長(とりい きよなが)が絵を描いたものです。
さて、イラストの影絵はこの頁の右上を写したものです。
※模写は国立国会図書館本を元に行いました。

(国立国会図書館デジタルコレクションより)
影絵の上にはこのようなことが書いてあります。
みだりに / 人をほむる人 / かけゑは / かならず / したをいだして / わらふ
(濫りに人を褒むる人、影絵は必ず舌を出して笑ふ。)
影絵の左にはさらに文章が続きます。
ほめられてよろこぶ人は / 人のじやうといヽながらめの / まへてほむる人かならずかげ / ではわらふものなりほめらるゝ / ともかならずほこるべからず / わかげいにほこる人はめいじん / になりかたし此かげゑを / 見て人のはくじやうを / しるべし
(褒められて喜ぶ人は、人の情といいながら、目の前で褒むる人、必ず影では笑うものなり、褒めらるるとも、必ず誇るべからず、わが芸に誇る人は、名人になり難し、此影絵を見て、人の薄情を知るべし。)
褒められて喜ぶというのは、人情として仕方ないけれども、目の前で褒めている人は、影ではその人をあざ笑っているものである。だから褒められていても、慢心してはいけない。褒められるままに自分の芸を誇る人は、その芸の名人となることは難しいだろう。この影絵を見て、無責任に褒める他人の薄情を知るべきである。
ということを言っています。
調子に乗らず謙虚に諸芸を磨きなさい、という実に教育的な内容です。
これを踏まえた上で、見開きの大部分を占める絵を見てみますと…
場面は書画会か何かでしょうか。
右頁の扇を広げた人の周囲にいる男女のセリフをみれば、二人は「若旦那」を手放しに褒めていることがわかります。
若旦那(おそらく扇を広げている人)の絵は、かの英一蝶(はなぶさ いっちょう、江戸中期の有名な絵師)も筆をすてて逃げ、書ともなれば、あの細井広沢(ほそい こうたく、同じく江戸時代中期の書の名手)も墨を散らして退散するほど素晴らしい!天才!…といった感じ。
これに対して、左頁のセリフには…
「(若旦那を褒めてくれている)二人には手間賃として一両づつだ!明日も来て褒めてほしいなぁ…しめしめ」
「だけど、一日に一蝶も広沢も出して論じるのはちょっとやりすぎかなぁ…」
などといったことが書いてあります。つまり、右頁の男女のセリフはおべっかで、心の底から若旦那を褒めていないことがわかります。心の底では、影絵のように舌を出して若旦那を笑っているのです…そういえば、一番右端の男性の横顔と影絵はどこか重なるような…?
うーん、恐ろしい。だけどこれ、現代でも普通にあるシチュエーションだなぁ…
現代にも通じる風刺が、読む人の心をしっかり突き刺しながらも、ユーモアを交えた影絵があることで、どこかクスッと笑ってしまう。そんな本です。
他の影絵も読み解けば、人間や人間社会のあれこれが読み解けるかも…?
【用語出典】
・「英一蝶」(日本大百科全書・ニッポニカ)
https://kotobank.jp/word/-14633
・「細井広沢」(日本大百科全書・ニッポニカ)
https://kotobank.jp/word/-14964
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